技術者から、未来のメイカーへのメッセージをお届けするシリーズです。技術者の日常や情熱、思いを味わってください。
2020.08.13.
朝日 格 (元アルミニウム製造メーカー勤務)
言葉・文化が全く異なった世界であっても、技術指導を通じて現地の人たちが幸せな生活を送れるお手伝いをしたことは楽しい思い出です。
今回のお話
「夢へのバトン#7(前半)」では、20代技術者として、アルミの板を作る機械の品質向上取り組んだことに始まり、30代前半でアメリカ、30代後半でブラジル、40代前半で韓国での駐在を通じて、言葉・文化は違っても、技術を通じて、学び、繋がり、各国の人たちに喜んでもらえる嬉しさについて話しました。
言語・文化の違う海外では日本では信じられない事にも多く出会います。
今回は、地球の裏側ブラジルで経験したことをお話しします。
ブラジルでの思い出
技術援助で向かったブラジルで触れた多様性
いまから約30年前にブラジルで新しい工場の建設・立ち上がりを担当しました。まだ係長でしたが、課長に『僕にやらせてください』と申し出て技術援助のリーダーに任ぜられました。
成田からロサンゼルス経由サンパウロまで約24時間の長旅でした。設備メーカーは日米連合・施主はブラジル・技術援助は日本というメンバーがうまく機能し、後日談では、海外の工場立ち上げでもっともうまく行った事例だと言われとてもうれしかったです。
まもなく立上げだということで現地に赴任しましたが、工場に行って見ると『メインモーターを不審者が故障させてメーカーに送り返した。しばらくは動かないから、通訳・運転手を付けるから、しばらく、リオデジャネイロ観光に行ってきてください。』と言われいきなり観光旅行がスタートです。
「当たり前」も国によって違っている
モーターが復帰して、機械の試運転を再開していよいよこれからと思ったら予定より大幅に遅れているので、『工事・調整を昼夜の交代勤務にして予定遅れを挽回したらどうですか?』と進言したらブラジル人はびっくりきょとんとしています。『予定は努力して守りましょう。』と言ったら『予定がないと計画からどれだけ遅れたがわからない。なぜ予定は守らなきゃならないの?』と反論されてびっくりします。彼らにとって予定とは物差しみたいなものと理解しました。
しかし、2ヶ月を過ぎると、急にブラジル人の課長(バルディア)が『TAD(私の略称)、今月末までにアルミ板が出来ないか?』と突然聞いてきます。
『なぜ?まだ総合試運転も出来てないし、安心して操業に入れない。』と答えると『このプロジェクトは政府系銀行から融資を受けている。月末までに生産設備と認定されないと融資に支障が出る。なんとかならないか?』と聞いてまたびっくり。
そんなことならなぜもっと早く言わないんだといいたいところですが、『判った。個別の機械を手動測定で確認してみよう。ただし、リスクのあるのはここだから試運転方法はこうしよう。最悪コイル状に巻き取ることが出来なくても、アルミの薄い板が出来る。』と提案したら、即採用となり来賓多数を迎えて竣工式の日を迎えました。
来賓多数の竣工式と大成功。それでもやっぱり驚き
当日は数十本の素材を加熱して、朝早くから準備しましたが調整が遅れに遅れて深夜の一本目の試運転となりました。
まさに奇跡的にうまく薄く伸ばしたアルミの板をコイル状に巻き取って、工場中が万歳・万歳の大合唱。ここでバルディアが『一本では生産設備には認定されない。もう一本やる!!』の大号令!二本目はどうかなとびくびくしながらも成功!これで少し安心して生産に入れると思ったら、次の一言『これから街のピザ屋で祝賀会をやる!!全員集合!!』にびっくり。
オペレーター全員と朝までサトウキビのお酒ピンガやワインを飲んで大騒ぎでした。翌朝定時に会社手配のマイクロバスが来たので眠たい目をこすりながら会社に行ったら誰も居ないもぬけの殻。ようやく昼ごろになって、バルディアが来て『昨日はありがとう!今日はくたびれているから、すぐに帰って、また明日。』と言われてまたびっくり。日本では考えられない展開でした。
この工場は、現在、ブラジル最大のアルミ板工場としてアルミ缶の素材を供給し、ブラジルの人たちがアルミ缶に入ったビール・コーラ・ジュースを飲み空き缶はリサイクルに役立っています。
多様性の許容が当たり前の国ブラジル
郵便物
家族が心をこめてブラジルへ送ってくれた郵便物も半分ぐらいは届きません。通訳の日系二世に聞いたら『よくあることだ。郵便配達が一日の仕事が終わらなければ捨てるのだろう!』と聞かされてびっくりするが不思議にもブラジルではと納得する世界でした。
南国ブラジルの全く違った価値観に触れて、最近の言葉で言えば『多様性の許容』と言う事でしょうが日本とは異なる考えに大きな影響を受けました。
お札
インフレがひどく、お札の印刷が間に合わずハンコで代用していました。
バナナの木が一本あれば人間は幸せに暮らせる
現地では『バナナの木が一本あれば人間は幸せに暮らせる。御腹がすいたらバナナを食べて、雨が降ったら木陰で過ごし、夜は安らかに眠れる。』着るものがなければバナナの葉っぱで・・・とまで聞いたか定かでないですが、予定を一生懸命守ることが大事と思っていた日本人にとって全く世界が違うことでした。
同じ事を、出張の機会が多かったタイでも聞いたことがあり、春夏秋冬のはっきりした日本との考えの違いを認識しました。
言葉・文化が全く異なった世界でも技術指導を通じて現地の人たちが幸せな生活を送れるお手伝いをしたことは楽しい思い出です。
アメリカの友人が描いてくれた似顔絵
アメリカ時代の現地の送別会で”TAD STORY”として紹介してもらった紙芝居から3枚。工場の友人が描いてくれました。
朝日 格氏。
元アルミニウム製造メーカー勤務。
1975年アルミニウム製造メーカーに入社し、国内外の製造部門を経て、営業部門、事業部長、常勤監査役。
退任後、船会社に移り2020年7月まで常勤監査役を務めた。
幼き時より電車が大好きで、長年鉄道を趣味としている。
船会社にても乗船・操舵訓練を受け、弟から『男の子の夢を実現しているね。』と言われている。
写真は2019年5月 新造船の命名式に出席したとき
#夢へのバトン
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