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夢へのバトンに思う ~支援とは「本人が『自分で』考えて、決断し、進むこと」を応援すること」

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2020.08.23.
Maker’s Club代表 中谷敬子

支援することの目的は、大人が知っていることをこどもたちに教えることではありません。「こども本人が『自分で』考えて、決断し、進むこと」を応援することです。

子供たちが生きる未来社会は、過去と今の延長線上にありません。本人自身が「自分で考え決定し実行する」力が必要です。

背中を押すことも、立ち止まらせることも、先に述べた「本人が『自分で』考え決めて進むこと」を応援しているかに照らしてYESならば、いずれも、本人の夢へ向かうために必要な支援だと思うのです。

Maker’s Clubは、「工作体験」と「技術者交流」を通じて『この支援』を実践しています。

Maker’s Clubのプロセス支援スタイルの原点

はじめに

技術者からモノづくりの好きなこども達へのメッセージ「夢へのバトン」が3人目の走者(?)にバトンが渡りました。

ここで、Maker’s Clubがこの「夢へのバトン」に託す思いについて、私の経験談を織り交ぜながら書きたいと思います。

Maker’s Clubがめざす「支援」、別の言い方をすれば、「今の好きを人生の今と未来に繋ぐ力を育てるプロセス支援」のニュアンスを伝えます。

私が企業研究者時代に受けたプロセス支援

30年前、私は、理学領域の大学を卒業し、工学領域の重工メーカーの研究所に就職しました。3年後、その職を辞して、大学院に入りなおすことを決めました。そこから今に至るまで、「工学と科学」「人の成長と育成」について体験し学んできていると思います。

自分の夢を理解できていなかった私

30年前の私は、自分がなしたい何かがあるけれど、どうしたらそれが実現できるか分かっていませんでした。何をしたいのかを明確に理解できていなかったと思います。

企業研究者時代を含め、機械工学の領域で自分の夢に向かって進むプロセスは、一見、猪突猛進パワー全開だったかもしれません。しかし実際は、悩んだり迷ったりして立ち止まることがたびたびでした。それでも、その向こう見ずで、無謀(※)ともいえる夢へのプロセスを支え育てて下さった方々がありました。

(※)日本の社会人入試制度は、1979年の立教大学法学部が最初と言われています。理工系の最初はどこでいつかは調査中。少なくとも私が入学した大学院は、私が受験した年に初めて導入されたと記憶しています。ただし、私は、社会人入学制度を利用せず、一般の他大学学生入試を受験しました。

友人や技術者の方々からの支援

会社に入って、自分もまだ明確に理解していないような夢に向かって進もうとしている私を「教育」するのではなく、「支援」して下さった友人や技術者の方々がいました。
その方々はたぶん私が何をしたいのかを正確には理解していなかったと思います。
私ですら言葉にできないレベルでの理解ですから、ある意味当然でした。

しかし、それでも、その方々は、私の話を聴き、その話から感じたことを私に伝えてくださいました。チャンスをくれた方もありましたし、希望の道を断ち切った方もありました。進むことを応援する方もありましたし、引き留める方もありました。

提出した研究提案書に対しての、上長からの回答から抜粋

家族からの支援

当時24歳の大企業の研究員であった私が、退職して大学院を受験したいと言い出した時、私の母は、強く反対しました。「大学院というのは、大学なのか?」と聞くほど何も知らない高卒の母でした。建設的な話し合いもできず、ひたすら「反対」という泣きながら繰り返す母に、取り付く島もありませんでした。
最終的には、私が押し切った形(のつもり)で、大学院受験、1年の浪人期間を経て入学となるわけですが、10年以上たってから、「親が反対して進学させず、本人が、結婚して子供を育てながら『学校に行きたかったな』と思うようじゃ可哀想だ」と母が父を説得したのだと知りました。
支援についての大きなきづきでした。

Maker’s Clubの目指す支援

支援することの目的は、大人が知っていることをこどもたちに教えることではありません。大人たちが未経験の知らないことであっても、「本人が『自分で』考えて、決断し、進むこと」を応援することです。
子供たちが生きる未来社会は、過去と今の延長線上にありません。そのため、過去の成功体験を形のまま真似ても役には立ちません。
本人自身が過去の知識や体験の意味を役立てつつ「自分で考え決定し実行する」力が必要です。
背中を押すことも、立ち止まらせることも、先に述べた「本人が『自分で』考え決めて進むこと」を応援しているかに照らしてYESならば、いずれも、本人の夢へ向かうために必要な支援だと思うのです。

体験としての『夢へのバトン』

希望を断ち切ることが支援となった私の体験

私が、24歳、入社2年目の10月に、所属冗長にあてに、43枚の新規研究提案レポートを提出しました。ほぼ扱っていない分野の基礎研究テーマでした。
研究提案は却下され、私は1年後に、より深く工学を学ぶために大学院への進学を希望し、退職を決意します。
当時は、挫折以外の何物でもないと感じたこのプロセスで、私は、「夢を支援する」人達に出会いました。

上長からの研究提案却下の回答も含めて、一連のプロセス全てが、「『人生を支援する』ということはどういうことか」の体験的に学びでした。あの企業と上司と先輩方は、私に夢に挑戦する力とチャンスを与えたのだと、あの出会いと体験は人生の宝物だったと今な ら分かります。

提出した研究提案書に対しての、上長からの回答から抜粋。 今読むと、30年近く前の時代に、新入社員の突拍子もない基礎研究提案にこの文章を送った上長に、敬服と感謝の気持ちが起こります。

模型工作がつないだ心のバトン

ものづくりは、多くの「夢へのバトン」の寄稿者が指摘しておられるように、技術(者)は、人々の日常をより良くすること、「人々の喜び」を目的にしています。

Maker’s Clubの匠メイカーのひとり、角谷さんが、以前、「子供の科学」の工作記事を参考にしてヨットの模型を作り、Maker’s Club 「みんなの工作博物館」へ寄せて下さいました。

小中学生メイカーたちは、「あおう会」で話し合いをして、このヨットの模型について、角谷さんと質問交流しました。
その後、このヨットの模型は角谷さんのご厚意で、Maker’s Clubの大工になるのが夢の小学6年生メイカーにプレゼントされました。
今、このヨットをプレゼントされた彼は、模型を飾るためのショーケース作りに一生懸命取り組んでいます。
「人生の夢への支援」というのは、こういうことなんだなと思うのです。
https://makersclub.jp/2020/08/10/post-2823/

「夢へのバトン」シリーズの意味と意義

「夢へのバトン」は世代を超えた技術と心のメッセージ

「夢へのバトン」シリーズは、技術者から、ものづくりの好きな子供たちに向けたメッセージです。結果として、それは同時に、そのこども達を応援する親御さんたちへのメッセージにもなっています。

ものづくりの好きなこどもたちに、自分の夢を一歩先に生きている技術者・研究者の姿を見てもらいたい。

ものづくりの好きなこどもたちを応援したい親御さんたちに、こどもが見ている未来の世界を一緒に知ってほしい。

何人もの技術者が、気持ちとともに原稿「夢へのバトン」を、Maker’s Clubへ届けてくださっています。これからも、リレーは続いていくと思います。
そして、今、「夢へのバトン」を受け取っているこどもたちが、いずれ、次の世代へ「夢へのバトン」を渡してくれると思います。

Maker’s Clubの受け取った「夢へのバトン」

ものづくりの好きなこどもたちにも、「夢を支援する」人達に出会ってほしい。
ものづくりの夢に向かうプロセスを存分に楽しんでほしい。
この「夢へのプロセス」を味わうには、基礎基本の試行錯誤ができる模型工作体験は最適な場のひとつと思います。
Maker’s Clubの「工作体験」と「技術者との交流」の二本柱は、そんな思いから生まれました。
『夢へのバトン』は、「『人々の喜び』を自分の喜びとするものづくりの心」をも伝えています。
Maker’s Clubは、その「夢へのバトン」を心に受け取ったこどもたちとその親御さんたちの成長と交流を、工作体験と技術者交流を通じて支援していきます。
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